僕は毎日、自分に問いかけます。

 

「何を成し遂げたいのか」

「その為に足りない事は何か」

「今できる全力の策は何か」

 

目標を見据えて、そこまでのどれだけ距離があるのかを測ります。

そして、今できる行動に移していく。

 

こうやって考えると、まだ全力出し切れてないなあと痛感します。

全力出し切れてないという事は、「後悔する可能性がある」という事です。

 

「あの時こうしておけば」と思い兼ねない結果になるのです。

 

それだけは絶対にイヤなんです。

 

なぜなら、僕の人生は「後悔の人生」だったからです。

 

小学校1年の頃に野球を始めて、中学、高校、大学…

野球中心に生きてきました。

もちろん、野球で学んだ事も多いし、野球ができる環境があった事には感謝しています。

 

でも、心のどこかで「惰性」で野球を続けているような感覚もありました。

 

小学校から中学校、中学校から高校、高校から大学…

節目を迎える度に「やっと終わった…」と思いながら野球をしていました。

そして、

「途中で辞めてはいけない」

「最後までやり遂げなければいけない」

という勝手な思い込みから、また野球を基準に進路を決める…

その繰り返しでした。

 

野球は好きだし、なんだかんだで楽しいんです。

でも、どこかで「がんじがらめだな〜」と感じていました。

 

僕の性格は「いわゆる体育会系」でもないです。

勝負事に対しての負けん気や闘争心が強い訳でもありません。

どちらかと言うと、プロじゃないんだから楽しくやれたらそれでいいです。

よく意外だねって言われますが、本とか映画とか絵とか音楽とか…文化的な事に触れる事が好きです。

 

それでも、「野球部はこうだ」「スポーツマンはこうあるべきだ」

そんなしがらみの中にいるような感覚で、嫌気がさしていました。

そこから抜ける事が悪いような気がして、自分を出す事に躊躇し続けていました。

 

今思えば「くだらない悩み」と思うんです。

でも当時の僕にとっては、しがらみの中で生きている事に真剣にもがいていました。

 

つまり、後悔しているのです。

 

銀行を辞めるという選択は、初めて自分の意思だけで決めた「後悔のない選択」です。

 

先が見えない中で、周りのイメージや価値観によって自分を抑えて生きる…

そんな人生はたまらなくキツイんです。

 

自分の行く末は自分で決める、行き方も自分で決める。

 

自分に対して、誠実に生きようと決めました。

 

その為に僕は毎日問いかけます。

 

「何を成し遂げたいのか」

「その為に足りない事は何か」

「今できる全力の策は何か」

 

まだまだ可能性を秘めている自分に、ワクワクしています。